- 来日インタビュー(1998年3月9日・NHK「おはよう日本」)
Q(武内).これは...(ボードに書かれた「Eithne」の文字)。
A(エンヤ).エンヤ。同じ発音です。ゲール語で前半が「エ」、後半は「ンヤ」です。誰もゲール語で書かれた私の本名を読めませんでした。でも母国語の本名は私にとって捨てがたく、エンヤという発音をそのままアルファベットにしました。
Q.ゲール語を使って歌を歌ってらっしゃることが多いんですけれども、これはどうしてなんでしょう?私は今はもうゲール語を使う方は少なくなったと聞いているんですけど。
A.母国語というものは、自分の心から消し去ることのできない、とても大切なものです。だからこそゲール語で歌いたいのです。私のメロディーにもっともふさわしくて、自然な響きを持っているのがゲール語だったんです。
Q.やっぱりアイルランドっていうものが非常に大きく影響しているってことですよね。
A.そうですね。どうしてもアイルランドに戻りたくなる時があります。故郷ですから。それにアイルランドの風景こそが私に音楽のひらめきを与えてくれるのです。
Q.これがエンヤさんの故郷グイドアです。アイルランドの古い伝統が今なお残る小さな町です。ここでエンヤさんは、パブを経営する音楽一家に育ちました。父親のレオさんです。レオさんは今も健在で、経営するパブには、毎晩のようにアイルランドの伝統的な音楽が鳴り響いています。18歳の時、家族で結成したバンドに参加したエンヤさんは、20歳で独立し、いきなりデビューアルバムが800万枚を越える大ヒットになりました。エンヤさんは故郷に帰ると、必ず周囲の山々を長い間歩くんだそうです。
A.私は、自分自身を取り戻すため、故郷に帰ります。自分が何者なのか、自分にとって何が大切かを見つめ直します。多忙な日常を離れて静寂なひとときを過ごすのが、私を癒す大切な時間です。
Q.エンヤさんの音楽っていうのは、すごく心に響く魂の音楽のような気がする時があるんですけれども、あの音楽っていうのはエンヤさんの心の中からどうやって生まれてくるのかなあ、っていつも思うんですけれど。
A.私は旅をしている時に曲を書き留めるようなことはしません。その代わり、その時々の素晴らしい瞬間や美しい風景、その時に出会った人の人生を大切な思い出として記憶に留めておくのです。その記憶を心にしまってスタジオにこもるのです。するとその記憶がメロディーになって自然に湧き出てくるんです。どんな曲にしよう、などと苦心しなくてもふっと浮かんでくるんです。ですから私の音楽は大好きな思い出をそのままメロディーで表現したようなものです。
Q.こういう風に、世界の人たちに受け入れられている訳っていうのはどうしてだと、ご自身ではどう思ってらっしゃいますか?
A.多くの人が、これまでと違う何かを求めていた時に、私の曲が世に出たのだと思います。恐らく多くの人が、私の曲によって自分自身を取り戻すことが出来たのでしょう。私の音楽を聞きながら、忙しない日常や騒音、人混みから逃れ、自分の内面の静かな部分に到達できたのでしょう。
(武内).あのアイルランドというと妖精の国とも言われているんですが、エンヤさんもちょっと小柄で妖精のような方でした。自分の人生の全て100%を音楽に賭けていて、それがまた最大の喜びだということで、非常にエネルギッシュな方でした。
(三宅).私たちの心を癒してくれるのがアイルランドの自然だったとは知りませんでした。
- 第12回日本ゴールドディスク大賞(1998年3月)
第12回日本ゴールドディスク大賞で、エンヤが「ベスト・インターナショナル・ポップアルバム・オブ・ザ・イヤー」に輝いた。受賞アルバムは1997年発売の「ペイント・ザ・スカイ〜ザ・ベストオブ・エンヤ」
Q.非常に音楽にはこだわってる方で、この10年の間で4枚のアルバムをリリースされていますけれども、全て自分で演奏して、声も全て自分で多重録音されている方ですが、まさに1枚の絵を描くかのような作業で1曲1曲を作られているのですけれど。
A.その通りです。曲作りは白いキャンバスに少しづつ描いていくようなものです。プロデューサーと作詞家の2人の影響も私には欠かすことができません。演奏曲は「オンリー・イフ」
- 来日インタビュー(1997年11月28日「ニュースステーション」)
Q.アイルランドの歌姫、エンヤさんにお越しいただいています。
私はずっとファンで、今日は楽しみにしていたんですよね。お美しい方ですねえ。あのー、エンヤさんはライブ活動を一切しないということで有名ですが、今日はこちらでライブステージが実現するということなんです。本当に嬉しいんですが、ライブ活動をなさらないというのは、どうしてなんですか?
A.今までのところはサウンドトラックにずっと集中してやってきておりましたので、レコードを出すことに一生懸命になっておりましたけれども、これからはライブでの活動を始めることになると思います。
Q.今日は楽しみにしていますのでよろしくお願いします。
Q.エンヤというお名前なのですが、とても不思議は響きを持ったお名前で、エンヤさんはアイルランドのお生まれですよね、この名前はケルト神話から取ったと聞いていますが...。
A.エンヤというのはもともとゲール語でありまして、私自身が生まれましたのは、アイルランドでも北西部なんですけど、北西部のアイルランド人っていうのは、もともとゲール語をしゃべって育っていくんです。「エンヤ」って呼んで下さるだけで、皆さんもゲール語を話してることになるんですよ。
Q.エンヤさんはイギリスの放送BBCの「ザ・ケルツ」という、ドキュメンタリー番組の音楽を担当されて、その音楽を集めたアルバムが1987年に出ましたね。で、2枚目のアルバムで全世界で400万枚と、ビッグヒットになったのですが、これはご本人はいかがでしたか?ニュースを聞いた時には。
A.もうとにかく、あれ程ヒットしてとても喜ばしいことでしたし、当初は驚きました。というのも、最初に出しました「ケルト」というのはあくまでもサウンドトラックでしたから、「ウォーターマーク」という2枚目のアルバムが実際の私のソロ・アーティストの活動としては初めてのアルバムですので、一体皆さんにどういう風に受け入れられるだろうかと、とても不安に思って出したものが、あんなにヒットしてとても嬉しかったです。
Q.ヨーロッパをはじめ、グレゴリオ聖歌が大ヒットしたということもあって...エンヤさんの音楽も、協会音楽や伝統的なケルトの音楽の影響を受けていらっしゃるし...こういった音楽が世界的に愛されるということについて、どういう風にお考えですか?
A.私自身、確かにアイルランドの伝統音楽とか教会音楽そしてクラシックから非常に大きな影響を受けて自分の音楽を作っておりますけれども、最近こういう音楽が非常に流行ってきたというのは、たぶん皆さんがただ聴くだけの音楽ではなくて、何か自分から反応できるような音楽を求めているのではないでしょうか。聴くことによって自分自身の時を過ごして、自分自身の心を表すことができるような音楽。だから皆さんが聴いてくれるのではないでしょうか。
Q.日本では、なかなかエンヤさんのような音楽を体験できないんですよね。だから余計に憧れるのだと思います。
A.それは嬉しいです。ありがとうございます。
Q.明日の朝、お帰りになるということで、とてもお忙しい滞在ですけど、何か急なご用事があるそうですね。
A.12月1日に英国女王のために50周年記念のロイヤルコンサートがございまして、それに行かなくてはならないのです。リハーサルが明日始まるので、朝早い便の飛行機で帰ってすぐにそのリハーサルに出て、12月1日には女王様の50周年記念のために歌います。とても光栄なことだと思っています。
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