|
(1865-1939)ダブリン生まれ。1923年ノーベル文学賞受賞。20世紀の文学と演劇を代表する作家で、アイルランド文芸復興の先導者でもあった。肖像画家として身を立てるべくロンドンに移住したが、休暇ごとに故国アイルランドに戻って詩作に励んだ。アビー劇場で同時期に活躍した劇作家シングなど、多くの作家に影響を与えたが、彼もまたケルト的な幻想物語や妖精伝説を好んだ。また、彼は22〜23歳のころ、日本の演劇形式「能(のう)」を知り、24歳(1888〜89年)の時に書いた作品「オシーン(オシアン)の放浪」の中では、日本の能でいえば化身や亡霊に語らせる役(能特有の形式)を、伝説の英雄オシーン(オシアン)にさせているのである。ジョージ・ムアとの共作「ディアルムドとグラニア」、「キャスリン伯爵夫人」、「虚無の国〜The
Land of Heart's Desire」、「クールの白鳥」ほか。1888年には民話を収集した「アイルランド農民の妖精物語」を刊行している。
イェイツ家は芸術一家として知られ、父のジョンも弟のジャック・B・イェイツもアイルランドでは有名な画家である。ジャックはよく西部地方を旅してスケッチをした。そして、最初に発表したのがスケッチ集「アイルランド西部地方の生活」であった。その後、友人の作家ジョン・ミリングトン・シングの「アラン島(1907)」の挿絵を担当した。
「アイルランドでは妖精たちは、いまだに生き残っていて、心やさしい者たちには恩恵をあたえ、また、気むずかし屋たちを苦しめている。’今までに、妖精とか、何かそういったものを見たことがありますか’とわたしはスライゴー地方の老人に尋ねてみた。’奴らには困ったものだよ’という答えが返ってきた。
たとえ新聞記者といえども、もし真夜中に墓場に誘い出されたなら、妖怪変化(ファントム)の存在を信じるだろう。というのは、どんな人間でも、もし人の心の奥に深い傷跡を残すような目に会えば、みんな幻視家(ヴィジョナリー)になるからだ。しかし、ケルト民族は、心に何の傷を受けるまでもなく、幻視家なのである。
彼ら(妖精)が堕天使であるという証拠もたくさんある。この生き物の性質をよく見てみると、彼らは気まぐれで、善人には善をもって報いるが、悪人には悪をもって報い、ひじょうに魅力的であるが、ただ良心ー節操がない。」
(「ケルト妖精物語」イェイツ編著/井村君江訳より)
「ダナーンの子供たちは金細工の揺篭(ゆりかご)のなかで笑い
両手を叩(たた)いて、目を細める
ハゲタカが白い重い翼を広げて、冷たい心で
天翔(あまが)けるとき、彼らは北風に跨(またが)る
私はむずかる子に接吻し、抱き締める
狭い墓地がこの子と私を呼んでいる
流れ漂う海に響く、荒(すさ)む風
燃え立つ西空に吹き渡る荒む風
天国の扉を叩き、地獄の扉を叩き
すすり泣く霊たちを送り届ける
ああ、風に揺られる心よ、鎮めがたき妖精は
聖母マリアの御足を照らす燭よりも美しい」
(詩「鎮めがたき妖精たち」イェイツ作/橋本槙矩訳)
関連書籍
「イエイツ研究」尾島庄太郎著/泰水社/1927
「W・B・イエイツ全詩集」イエイツ著/鈴木弘訳/北星堂書店/1982
「鷹の井戸」イエイツ著/松村みね子訳/角川書店/1989
「薔薇」イエイツ著/尾島庄太郎訳/角川書店/1999
「アイルランド文学史」尾島庄太郎著/北星堂
|