Decoration Art ケルトの装飾美術

ケルトの文化で最も独自でしかも普遍的なのは、装飾のスタイルである。渦巻文様に代表されるケルトの装飾芸術は古くは有史以前のラ=テーヌ時代の初期に造られた金属細工や石細工に見られ、その後千年の時を経て、ハイクロスと呼ばれる建造物や福音書の写本(マニユスクリプト)等の中に開花する。ケルトの装飾模様がこれほど息の長い存在であり得たのは、単純で応用性に富んでいるためである.螺旋(らせん)、インターレース(紐やリボンを織り込んで左右対称の図柄にした模様)、雷文模様、鈎(かぎ)十字などの基本的な要素が組み合わされて、複雑なパターンが生み出されるのである。そして時にはここに人や動物の意匠化された姿が加えられていく。こうして出来上がったケルト文様は、その後ヨーロッパ各地の文化に吸収されることになった。
その後の装飾文化を見ると、ヨーロッパに印刷技術が登場する15世紀半ば以前の中世においても、書物は一冊づつ手で筆写され、そこには文章と共に絵や装飾が添えられたが、大量印刷の時代には暫く息をひそめることになる。16世紀初め頃の印刷物には挿絵や大文字部分に手で彩色を施すという方法もとられたものの、長続きはしなかったのである。また、印刷字体についても中世時代のゴシック体から、読みやすいローマン体やイタリック体にとって代わられ、次第に書物は「見るもの」より「読むもの」としての需要が大きくなり、装飾芸術は廃れるかに見えた。しかし、18世紀初頭にカラー印刷が現れると豪華本等「見るもの」としての本が復活するのである。そして、そこにはケルトのパターン文様も戻ってきた。

墳丘墓(パッセージグレーヴ)
ニューグレンジ(紀元前三千年ごろのものとされるダブリン近郊の遺跡)の墳丘墓には、複雑な装飾が見られる。横穴の内外に施されている精緻な彫刻は、主として螺旋、山形、菱形などから構成されており、これらの文様が、後にやってきたラ=テーヌ時代のケルトの職人に多大な影響を与えたと考えられている。ニューグレンジの存在自体が、彼らにとっても重要なもの(一説には、ターラと並ぶ重要な「妖精塚」と考えられていた)とされ、多くの伝承物語に登場する。

頸環(トルク)
高い身分、地位をあらわす装飾品で、初期のものはハルシュタット時代にまでさかのぼる。黄金製のものも多く、族長クラスの人は頸環をつけて葬られた。また、神がもつものともされ、「マビノギオン」他、数多くの文学作品や神話、歴史記述の中で頸環について触れられている。

ケルト十字(ケルティック・ハイクロス)
古代の西ヨーロッパでは石柱が太陽信仰の象徴とされていたが、やがてキリスト以前のケルト人は巨大な柱状の彫像を作って神域や墓所に置くようになった。そして、キリスト教の伝道者たちはこれらの彫像の上に十字を刻みなおすことで、布教のための道具として取り込んだ。これは聖パトリックが始めたものとされているが、かくして6世紀の職人はケルトの文様で飾られた十字架をを作って後世に残すこととなった。

ケルト装飾写本
聖コルンバ、聖パトリック、聖イーダンらが設立したケルト教会の修道院(ダロウ、リンディスファーン、ケルズなど)には、それぞれ筆写室があって、そこで彩飾写本が製作された。ケルトの装飾写本の多くは「新約聖書」の四大福音書に三つの形式の装飾ページがついている。三つの形式とは、福音書記者(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)などの肖像、絨毯ページ、頭文字ページである。絨毯ページ、頭文字ページには、古代ケルトの武器や装飾品に描かれていた模様を基調として、螺旋やインターレースそして抽象化された動物などを複雑に組み合わせた装飾が施された。
「コーデクス・ウセリアーヌス・プリムス」(7世紀初頭・アイルランド)
「聖コロンバのカタック」(7世紀初頭・アイルランド)
「ダーラム福音書 A・‖・10」(650年頃・ノーサンブリア)
「ダロウの書」(680年頃・アイルランド)
「エヒテルナッハ福音書」(7世紀末〜8世紀初頭・ノーサンブリア)
「リンディスファーンの福音書」(698年頃・ノーサンブリア)
「リッチフィールド福音書」(8世紀中頃・ウェールズ)
「聖ガルの福音書 Cod.51」(8世紀後半・アイルランド)
「マリングの書」(8世紀後半・アイルランド)
「ケルズの書(9世紀初頭・スコットランド及びアイルランド)

写本に見る装飾
「イリュミネイティッド」金箔や金泥を用いて飾られる
「デコレイティッド」古写本学において、金以外の原色を用いた場合、上記と区別した
「ヒストリエイティッド」頭文字やページの縁取りなどが、物語性のある人の絵で飾られる
「イラストレイティッド」挿絵の入ったという意味で用いられる

ケルト装飾写本三大傑作
1)「ダロウの書(680年頃)」:ダブリン大学トリニティ・カレッジ図書館所蔵
2)「ケルズの書(800年頃)」:ダブリン大学トリニティ・カレッジ図書館所蔵/縦33センチ・横24センチ
聖コルンバの偉業を称えることを目的として、スコットランドの西部の島アイオナの修道院で着手され、その後ヴァイキングの来襲を避けてアイルランドのケルズ修道院で完成された典礼用の福音書。1914年には復刻版が出版された。
3)「リンディスファーンの福音書(698年頃)」:大英図書館所蔵

銅版技師ウイリアム・ブレイク
「無垢の歌(1789)」において手彩を施すことにより、中世の写本を見習い、詩の本文と絵画の一体化を試みた。

ヘンリー・ノエル・ハンフリーズ(1809-74)の多色石版刷
「我らが主の説教(1847)」と「我らが主の奇跡(1848)」によって、多色石版刷(クロモリトグラフィー)によるオールカラー印刷の本が実現した。ハンフリーズの作品は、本文の書体にゴシック体を復活させ、見開きページのバランスを考慮した点で優れていた。

ウイリアム・モリスのカリグラフィー写本
中世写本とカリグラフィー(西洋書道)の研究家で、自らも自作の詩に独特のカリグラフィー(16世紀のイタリアの書体)で筆写し、仲間の挿絵や装飾を添えた写本「詩の書(1870)」を制作した。

19世紀末の美術工芸運動(アール・ヌーヴォー)による「ケルト装飾美術」のリヴァイヴァル
パリのポスター美術で一躍時代の寵児となったアルフォンヌ・ミュシャ(1860-1939チェコスロバキア出身)は、女優サラ・ベルナールのためにケルト風の装飾(動物文様)を施した舞台用ポスター(「ハムレット(1899)」他)を描き、ロンドンのリバティ百貨店はケルト文様を取り入れた工芸品(ケルト・シリーズ)を売り出した。

関連書籍
「ケルト〜装飾的思考」鶴岡真弓著/筑摩書房/1989
「ケルト美術への招待」鶴岡真弓著/筑摩書房(ちくま新書)1995
「装飾文字の世界」パトリシア・セリグマン著/鶴岡真弓訳/三省堂/1996

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